『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(1)決めるのはアタシ! | ■RED AND BLACK extra■舞台と本の日記

『ヘドウィグ・アンド・アングリーインチ』(1)決めるのはアタシ!

(あらすじは、こんな感じ)
ヘドウィグが少年時代をすごしたのは、壁があったころの東ドイツ。ママに「人間は昔、二人で一人だったけど、切り離されてしまったのよ」という話を聞かされてからというもの、自分の「失われたカタワレ」はどんな人だろうと、ずっと考えながら育った。一緒になって、完璧な自分になりたいけど、それってどんな感じ…?

「カタワレ」らしき男性と出会ったヘドウィグは、結婚してアメリカに渡るために性転換手術を受けるが、ミスによって股間に「怒りの1インチ」が残ってしまう。ほどなく離婚。その後、心を交わすようになった17歳の少年トミーは、彼の心身すべてを受け入れることができず、ヘドウィグが教えたロックの曲を持って逃げ出した。捨てられたヘドウィグは自分のバンド「アングリーインチ」を率い、ロックスターになったトミーのコンサート会場を追いかけていく。裏切られた絶望から、ヘドウィグはまたよみがえることができるのか…。


(感想ここから)
待ってました! 
去年の初演から1年。感慨は、ちっとも弱くなってなかった。いや、話を知っている分、前よりもヘドウィグと彼の新しい伴侶イツァークの気持ちに近付いて観ることができたかもしれない。今年も彼らに会えて、本当にうれしい。


「おまえらが気に入っても、気に入らなくても、ヘドウィグ!」
オープニングナンバーの「Tear Me Down」で客席がうねりだしたとたん、「ああ思い出した!」と、興奮がよみがえってきた。初演観て以来、一度も聞き直していないのに、耳の奥に記憶が残っていたのだろうか。「(生き方を決めるのは)橋でもなく、壁でもなく、アタシ!」という歌詞に、心が共鳴した。このミュージカルは、世間の目と自分の生き方との間に溝を感じながらも、プライドを失わないヘドウィグの叫びそのもの。このテーマに、自分はとても惹かれる。


前半は、三上博史さん演じるヘドウィグのパワーが炸裂する歌が続く。独特の女装で熱唱する姿には、初演と同じく引き込まれた。でも今回もっと心に残ったのは、中盤以降、トミーが出て行った様子を語ったあと、彼が深く絶望する様子である。


性転換した過去を持つ自分を、恋人は受け入れてくれなかった。それどころか、教えた曲を奪って一人でスターになった…。ヘドウィグは、長い時間沈黙する。やがて姿が見えなくなり、舞台上で緊迫した空気が張り裂けそうになったとき、それまで身につけていた派手な衣装やウイッグを取り払って、上半身裸になった彼が現れた。


身も心もむき出しにして、昔トミーに作ってあげたバラード「汚れた街」を歌い上げる三上ヘドウィグ。いや、これはトミーなのか? 混沌とした存在に見えるけど、観客に向けた視線はまっすぐ確かだ。「信じてほしい、君は完全だと」と、歌詞をかみしめるように語りかけてくる。自分の生き方は、まず自分が認めてあげなきゃ。そのメッセージ、しっかり客席まで届いた。


その気持ちがあってこそ、他人のことを認める余裕も生まれるのだろう。最近いらいらしていた仕事相手の顔が、このときちらりと脳裏をよぎった。


これに先立つシーンでヘドウィグは、「笑ってないと、泣いちゃうのよ」とつぶやきながら、手術を勧めたママや、最初の結婚相手や、トミーによって、自分の心が少しずつ失われていったと語る。執念をかけてトミーのコンサートツアーを追い掛け回す姿は、確かにちょっとストーカーじみている。だけど、そうやってもがいた結果、自分の生き方に妥協しない強さと、それを受け入れてくれる伴侶を得たヘドウィグに、私は力をもらった。やっぱり、観てよかったな。


感想はまだ続く。イツァークのことを書こう。