「ナイン THE MUSICAL」(1)道を選ぶ女、選べない男 | ■RED AND BLACK extra■舞台と本の日記

「ナイン THE MUSICAL」(1)道を選ぶ女、選べない男

書き直しました
===============

(あらすじは、こんな感じ)
昔は売れっ子だったイタリアの映画監督グイード・コンティーニ40歳。再起をかける新作のアイデアがなかなか浮かばなくて苦しんでいる。なのにプロデューサーには「万事好調」と、いつものように大口をたたく始末。見かねた妻は、ついに離婚を切り出した。グイードは仕事や私生活の行き詰まりから逃げ出すかのように、妻を伴ってスパ・リゾートへ。そこに愛人カルラが大事な知らせを持って駆けつけてくる。さらに過去の女たちや天国のママ、9歳のころの自分が現れ、追い詰められたグイードを取り囲む。果たして映画は完成するのか、そして人生の混乱に答えを出せるのか?

(感想ここから)
この感想文につけたタイトルは、もしかしたら間違っているかもしれない。なぜなら物語の最後に、グイードはおそらく人生で初めて、自分の道を選ぼうとしているからだ。いや、選べたかどうかは分からない。ただ、八方美人でやってきた人生のツケに打ちひしがれたあと、立ち上がろうとする力は得たはずである。

力を与えたのは、彼と関わってきた16人の女たちだ。皆がグイードを愛しているが、やがてそれぞれ気持ちに折り合いをつける。離婚を切り出した妻だけではなく、彼のミューズである女優クラウディアも、愛人も、大好きなママも、ためらいを抱えながら前へ進む。愛情も強さも惜しまず男に与えたのち、潔く自分の道を選ぶ「ナイン」の女たち。その姿はかっこいい。

対して、このお芝居でただ一人の男性であるグイードはどうか。どこかの雑誌の宣伝文句ではないが、設定は「モテるイタリアおやじ」を絵に描いたような男盛りである。9歳のとき砂浜で女の愛で方を教わってから、みんなを同時に愛し、愛されているつもりで、これまでうまくやってきた。それがどうして今、混乱するのか、40歳の彼は分からない。去年演じた福井貴一グイードには繊細さを感じたが、今年は別所哲也グイードということで、どんな甘い男になるのかと楽しみにしていた。

実際に観て、より強く伝わってきたのは、女をたぶらかすヤラしさというより、映画監督としての将来をくよくよ悩むナイーブさだった。確かにそれはグイードの一面ではあるのだけど、なぜか釈然としなかった。だって、このお芝居の宣伝文句は「世界一セクシーなミュージカル」だったはず。グイードの恋愛模様よりも、生きかたや仕事といった面に感情移入してしまうなんて。こんな解釈でいいのだろうか…?

その理由を考えながらしばらく観ていたのだが、1幕の途中でふと気がついた。大浦みずきさん演じる映画プロデューサーのリリアンが、客席とアドリブを交わすお決まりの場面でのことだ。この日も、大浦リリアンがステージから言葉を掛けたのだが、客席はシャイで反応がちょっとにぶかった。一人ずつ指名すると客側も答えるのだが、今ひとつ気の利いた言葉が返ってこない。客は素人だからそれでいいのかもしれないけど、「せっかく指されたのだから、この際、恥ずかしがらずに盛り上げちゃえ!」という勢いはみられなかったように思う。大阪公演ではどうだったんだろう。

「ナイン」を観るときは、自分も17人目の登場人物になったつもりで物語の中に飛び込み、勢いに乗ってしまうほうが何倍も面白いと思う。この作品は、受け身のまま漫然と観ていても感動させてもらえるミュージカルとは違う。舞台装置も斬新な演出も(これについては次回で書きます)、何かを説明するためのものではなく、想像力をふくらませて味わうための仕掛けなのだ。そこが新しく、大人向けの舞台だといわれるゆえんだろう。

だけど自分の場合、グイードを囲む16人の女たちのように濃密な愛情を捧げた経験があんまりないせいか(どーせね…)、彼らの愛憎と自分の感情を重ね合わせ、物語に身を任せるのが、なんだか難しかった。有無を言わせず心を揺さぶられる何かを、舞台から感じ取ることができなかったのは、もったいないことだと思う。普段、仕事の心配ばかりしているためかどうか、映画監督としての苦悩のほうに反応してしまった。

とはいいつつも、このミュージカル、好きだ。また再演があったら、必ず観るだろう。それまでに濃いーい恋愛ができればいいんだけど。細かいお気に入りポイントなど、次回で続きを。

つぶやき:

こんなこと書いている自分も、客席とのアドリブタイムではどきどきしていた。実は去年、同じ場面で「楽屋に素敵なお花くださったの、あなた?」と大浦リリアンから指されたことがあるのだ。その時は予備知識がなかったので意味が分からず、本当に花束の贈り主を探しているのだと思い、力いっぱい否定してしまった…。舞台の流れにうまく参加できなくて、ごめんなさい。


つぶやき2:
演出家のデビッド・ルヴォーさん、見た目にとってもグイードっぽい色気を感じるんですけど… 長年この役と向き合ううちに、同化してきたのかな。

つぶやき3:
聞くところでは、観ながら涙を流してた子どももいたらしい。ということは、問題は恋愛経験ではないということか。自分も、グイードに負けない「ダメ大人」な気がしてきました…。