「ラ・マンチャの男」(1)夢とは骨太で力強いもの | ■RED AND BLACK extra■舞台と本の日記

「ラ・マンチャの男」(1)夢とは骨太で力強いもの

(あらすじは、有名なので省略。公式サイト にも載っています)

(感想ここから)
有名なこのミュージカルを初めて観た。舞台には、幕がない。中央に、岩に囲まれた土俵のようなステージが見える。席についてから開演までしばらくの間、この黒くごつごつしたセットを眺めることになる。

無骨なセットの印象は結局、「ラ・マンチャの男」という芝居そのものの感想になった。

本を読みすぎたあまり、自らをいにしえの騎士「ラ・マンチャのドン・キホーテ」と称するようになった男・キハーノ(松本幸四郎)。古い鎧をかぶり、世を正さんと旅に出た。言うなれば、時代遅れの勘違いヒーローである。風車を巨人だと思い込んで戦いを挑んだり、旅籠を見てもお城だと言い張るこの主人のことを、家来のサンチョは最初とがめるが、やがてそのまま従うようになる。

旅籠の下女アルドンサ(松たか子)が、「なぜそんな主人についていくのか」と尋ねると、サンチョは「だって旦那のことが好きなのさ」と微笑むだけ。惚れたもん勝ちなのだ。だが、笑い捨てる気にはなれない。主人を信じきっているサンチョは心から幸せそうだから。

身も心も荒んでいるアルドンサを一目見るなり、どういうわけかキホーテは「ドルシネア、わが思い姫!」と一途に称え始める。姫だって!? いぶかりながらも心なびく彼女。そこへ旅籠の男たちが襲いかかった。慰みものにされたアルドンサは、キホーテに向かって爆発する。「一番大きな罪を知ってるかい? 生まれてきたことだよ。その罰としてこうして生きている!」 それでも、「ドルシネア姫よ」と慕う騎士の心は揺るがなかった。

はたして、ここで信じるに値するのは、キホーテの夢の世界なのか、いや、やはり彼の気が狂っているという事実のほうか? 話が進むに従って、アルドンサにも観客にもよく分からなくなってくる…。

松本幸四郎さんの演技で気がついたのは、このミュージカルの代名詞ともいえるいくつかの決めゼリフを発するとき、声がいっそう高く通って聞こえたことだ。
「夢は稔り難く、敵は数多なりとも、胸に悲しみを秘めて、我は勇みて行かん」(追記2)
「狂気とは何か? ……一番憎むべき狂気は、あるがままの人生に折り合いをつけて、あるべき姿のために戦わないことだ」
「事実は、真実の敵なり!」 
その時、空気が一瞬引き締まる。歌舞伎でいう「見栄を切る」というのも、こういう瞬間に似ているのだろうか。夢ばかり見ているあなたは病気だと言う精神科医のカラスコ博士に、キハーノが返す上の言葉は、医者の診断より筋が通っているように思えてしまう。

この作品がアメリカで初演された1960年代は、各地で反体制運動が盛んになり、人々があるべき姿を求めて立ち上がった時代だった(公式サイトより)。自分にも成し遂げたい夢はあるけれど、挑戦するのは、実はこわい。理想を持ち続ける強さ、人生を支える太い背骨を失わないために、これからもときどき「ラ・マンチャの男」を観たいと思った。

素朴で力強い芝居や音楽は多くを説明しているわけではないが、示唆に富んだセリフが多く、観る人によっていろいろな解釈ができそうだ。年をとったら、また違う見方ができるだろう。

アルドンサの話は次回にて。

追記:
せりふは、記憶などによるものなので、一言一句正確ではないかもしれません。ごめんなさい。

追記2:
小泉首相がこの間、国会の答弁でこの言葉を引用していましたね。ある議員に「(郵政民営化に邁進する)あなたを『ドン・キホーテじゃないか』という人もいますよ」と質問(?)されたのだが、「私、ドン・キホーテ好きなんですよ。『夢は稔りがたく…』」と、すらすらセリフを言ってのけた。だてに芝居好きではないな。質問した議員さん、敵の研究が足りてませんよ!