『神の火』心の奥で燃えたぎるもの | ■RED AND BLACK extra■舞台と本の日記

『神の火』心の奥で燃えたぎるもの

今日は、演劇とはまったく関係ない本の話です。
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少年が家族を手にかけたり、通っている学校に爆弾を投げたりと、聞いて絶句するような事件が立て続けに起こっている。ニュースを聞きながら、ある作家の名前を思い浮かべていた。高村薫氏は、こんな事件が続く現在を、どう見ているだろう。

今日、原発の機密資料がウィルスによってネット上に流出したという報道を見て、高村氏の小説『神の火』が現実になったような身震いを覚えた。これは、かつて東西をまたぐスパイだった元・原発技術者の男を中心に、核開発の鍵を握る秘密資料をめぐって、国際諜報機関、政治家、運動家、チェルノブイリ事故の遺族、その周辺の人たちが翻弄される様を描いた長編。クライマックスは、主人公が幼なじみと二人で、原子力発電所を襲撃するシーンだ。

彼らが無謀な突入を図った動機を、一言で表すのはとても難しい。でも読み終わると、なぜか想像できるのだ。もの言わぬ圧力によって長年がまんを強いられてきた、やり場のない憤怒が、無名の個人を社会への復讐へと突き動かしたのではなかろうか。


その姿が、「おとなしい」「事件を起こすようには見えなかった」と言われる少年たちと、重なる。

普段は平穏な社会生活を営みながら、面の皮一枚はがしたところでは、激しい情念が爆発寸前で沸騰している…。程度の差はあれ、どんな人にも、たぶん思い当たるところがあるだろう。着火するのは、あっという間のことだ。


いうまでもなく、実際に起きた原発資料の流出と、少年たちの事件は直接関係していない。だけど、日常生活の死角で、知らないうちに、惨劇の種が育っているという点は、共通している。

高村氏の小説は、市井の人のさまざまな心情に、同じ目の高さで寄り添っている。そして、身近にあるけれど見えない何か、聞こえない声の存在に気が付いているかと、読む者に問い掛けてくる。


神の火  『神の火』上・下 高村薫・著 新潮文庫